BLの沼は広く、そして深い―
私は、なぜBLに心惹かれるのだろう。その謎を追求すべく私はジャングルの奥地には行けないので普通に考えてみることにした。
まぁ、ゆうて腐女子歴約30年。私には自信があった。
なぜ自分がBLを好きなのか、なぜ心惹かれるのか、そんなものは簡単に言葉にできる、文章にできる。そう思っていた。
しかし、出てこなかったのである。
当たり障りのない言葉は出てくる。しかし「これこれこういう理由で私はBLが好きなのです!」と、ドドーンという効果音が付きそうな一言が出てこなかったのである。
おひとり様で、気楽に生きてきた私だが、この年で人生の中で一番長く愛しているもの(BL=人生とさえ思っていた)に対して、この浅さは何だ!やべーぞ!と重めの衝撃を受けた。
BLに頭まではまり込んだ時期
まだBLという世界に腰までしか浸かっていなかったフレッシュな中学時代
そんな私を完全に、頭のてっぺんまでまるっと引きずり込んだ作品がある
「絶愛-1989-」と続編の「BRONZE」
尾崎南先生の漫画である。内容はスーパー攻め込んだもので、ほんともうマジでヤバイ作品なのである。
ちなみに私の語彙力は日本語勉強中の外国の方と同等かそれ以下である。
水戸黄門の名曲「ああ人生に涙あり」の中に「人生楽ありゃ苦もあるさ」という日本人の5割以上の方が知っている文句がある。
とても勇気づけられる前向きな良い言葉だ。
しかし、この絶愛のメインカップルを見ていると楽から苦への急降下っぷりと苦が深すぎて楽が消し飛ぶ程の容赦のなさに漫画を読みながら
「も、もういいでしょー…」
と黄門様がいまだかつてない沈んだテンションで呟いているのが聞こえてくるレベルなのである。
人生ベリーハードモード…
そして完結することはなさそうな雰囲気。
それでも、その圧倒的な世界に引き込まれてしまう(絶愛とBRONZEについては後日もうちょっとちゃんとした感想文をアップする予定である)
そんな作品を15年ぶりくらいに読んでみた。
そこには、若かりし日の私を引きずり込んだ圧倒的な吸引力があった。
つづく